Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


マン島TTをヨイショする小林ゆきの欺瞞
2008年5月8日 9:24

注:個人に対する誹謗中傷はネチケット違反ですが、下記の文章は、プロのジャーナリストとしての小林ゆきに対する人類の未来における建設的な批判として記述しておりますので、予め御了承してください。



 徹頭徹尾欺瞞に満ち満ちた、ありとあらゆるマイノリティーに対する差別発言をする石原慎太郎と最高の相性を見せる、2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきを存分に批判してみよう。

石原慎太郎の言動録

 ところで、皆さんはマン島TTを御存じだろうか? バイクレースが好きな方なら御存じかもしれないが、ひょっとしたら、最近バイクに乗り始めたとか、最近バイクレースに興味を持ったというライダーは、あまりよく知らないと言う方も多いかもしれない。
 そういう私自身、若い頃から映像等で知っていただけだが、私自身は、世の中は広いので、こんなデタラメなレースを容認してしまうのも、いかにも青い目の人達がやりそうなことだと、イラク戦争よりかは問題が小さいので、ほとんど対岸の火事として捉えていた。

 さて、そんなマン島TTだが、路線変更宣言にて私は、モータースポーツというものは、競争社会をベースにした、現在の市場原理主義の究極の縮図だと紹介したが、その中でも更に、マン島TTとは、人命すらも軽視した、ネオリベラリズム(新自由主義)の縮図だとも感じている。
 つまりこうだ、マン島は、自治権を持ったイギリスの属国である為に、イギリス本土の人達からの批判も関係なく、これまで100回もバカげた公道レースを続けただけでなく、現在も引き続きライダーや観客の命を軽視して公道レースを観光産業として位置づけている。
 もちろん、我が国だって、47年以上前であれば、公道レースが公然と開催されていた訳だが、ピンクのスーツを好んだ、ただのワガママな零細企業のワンマン社長が一発当てたことででかい会社になってしまったという、かの有名なホンダですら、公道レースは危険だと、46年前にスズカサーキットを作り、その後、もっと安全性を高めてモテギを作りと、我が国はバイクの進化と歩調を合わせてサーキットにてロードレースの安全性を高める道を選んだ。
 しかし、世界で活躍する日本製マシンに対して敬意を持っているというマン島の人間は、そんなお世辞とは裏腹に、全く日本を見習うことなく、世界の潮流すらも無視し、サーキット建設をこれまで放棄し、いつまでも公道レースにこだわり、結果、マン島TTでは、これまでに開催回数よりも多い224人のライダーが死亡し、昨年はライダー1人と観客2人が死亡している。つまり、観客を集める為なら、人が死んでもOKだし、死んだ人間は、自己責任の一言で一蹴される。これは、世の中に気まぐれのように転がるチャンスを手にした者だけが社会の適者で、チャンスを手にすることが出来ずに貧困に陥ったり、あるいは死んだりするのは全て自己責任だとする市場原理主義の精神とぴったりマッチする考え方である。
 こうしたバカげた公道レースが、今だ文明社会の中で公然と認められてしまうのも、世の中の競争賛美と関係しているのかもしれないが、マン島に集まる人々は、競争に打ち勝ったライダーを賛美し、競争に負けた結果死んだ人達は自己責任だと決めつけ、公道レースを取り巻く暗部には意図的に目をそらし、それが文化だとか伝統だと心底思い込んで、自らの行為を正当化しているのだろう。

 そして、人を集める為なら人命は無視しても良いとするマン島TTにゾッコン惚れこんでしまったのが、御存じ2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきである。

マン島TTブログ

バイクの島、マン島に首ったけ。

 彼女は専門のブログを開設したり↑のような本まで出しているので、御本人が認めるように、マン島に首ったけになっているのだろう。
 同様に、彼女以外でも、マン島TTに首ったけになってしまい、マン島TTに憧れているという人は、我が国にも少なからず存在しているようだ。
 もちろん私は、それらの人達から敵視されている訳だが、私を敵視してマン島TTや三宅島バイクレースを推進している人達は、まるで「兵器産業を無くすと失業者が生まれるので平和に反対する」とでも言わんばかりに、自分達の考えにしがみつき、公道レースがもたらす暗部に対しては、意図的に目をそらしている。

★めぐって来たチャンス
 しかし、マン島TTに首ったけとなった2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきにとって、自分の書いた本の売上を伸ばす絶好のチャンスがめぐって来た。それが、石原都知事のマン島視察だった。そして、2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきは、マン島TTにゾッコン惚れこんでいるという自分の立ち位置を誇示するに当たって、この石原慎太郎の行動をヨイショすることにしたようだ。

 石原慎太郎がなぜマン島TTに興味を持ったのかは不明だが、通常、選挙区の税金を預かる身である知事の立場であれば、仮にマン島TTを我が国に輸入するに当たっても、まずは費用対効果を計算し、専門家の意見を仰いでから実際の視察に訪れるのが筋なのではないだろうか? しかし、rider2.0から余裕でDISられている2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきは、それは違うと言う。

三宅島TTを推す石原慎太郎はマン島で豪遊したのか?

 ↑のエントリを読むと、彼女がマン島以外の外遊を含めて石原慎太郎の海外豪華浪費旅行を執拗に擁護している姿勢がよくうかがえる。
 そして、グレードが高いホテルに泊まったことも、「安全は金で買えない」として肯定してしまっているだけでなく、ガラパゴス旅行に関してまで擁護している姿勢は、どこか異常な執着にも感じられる。


【小林ゆきのブログより】
現地で石原都知事と密着取材をしたとき、キャッスルタウンで行なわれたPre TTクラシックスでは、現地オフィシャルや日本から同行したレース関係者(MFJ会長ら)などに、休む間なく、運営方法や安全施策、観光施策、経済の状況などなど石原都知事は質問しまくりであった。



【石原知事定例記者会見での前田淳氏の事故についての石原の発言】
追突した方が完全に意識不明でね。どうなったか知りませんけど。


 石原の質問には、現場に遅刻した後、自らが振り下ろした旗でスタートし、その後死亡するに至った日本人ライダーに追突したライダーに関する項目は無かったようだ。


【小林ゆきのブログより】
石原都知事には特別秘書の方がずっと付いていたが、その人は通訳も兼ねる才女。政府のVIPなどにも対応する専門通訳兼秘書業務もこなせる人であった。そのような貴重な人材の安全を確保し、分刻みのスケジュールの中打ち合わせをするのはファーストクラスが適当な場所ではないのか。



【2006年11月17日(金)「しんぶん赤旗」より】
 通訳は、常に特定の会社の特定の人にこだわり、わざわざ日本から随行するために、1回200万円前後の高額料金です。その理由はとんでもないものです。「知事自身が発言を無意識に省略あるいは割愛した場合に、必要に応じて都政の現状や知事の従前の発言をふまえて適宜補足するという高度な技術が不可欠」(「特命理由書」より)というのです。

 自分が言えなかったことまで通訳に補足させなければならないとは、なんとも情けないことです。外国に行って、正確に都の立場を話せないので、通訳に自分の代弁をさせるというのでは、東京都を代表して外国に出かける資格があるでしょうか。

 特別秘書など側近も、条例の規定を数倍上回るデラックスルームに泊まり、航空運賃もファーストクラス。夫人の費用も200万円以上。
 知事の海外出張には、常に側近の特別秘書が同行しますが、航空運賃は、条例上はビジネス料金なのに「知事と打ち合わせが必要」と、ビジネスクラスの倍近い料金のファーストクラスに変更するケースが多いのが特徴です。ホテル代も条例規定の2倍―7倍もの上乗せをしています。

 知事夫人が4回も同行していることも、近県では例がないことです。私たちは過去5年間の例について調査しましたが、神奈川、千葉、埼玉の知事は、公費での夫人同伴はしていません。


 驚くべきことに、彼女は石原の秘書までかばっているが、都知事の秘書がファーストクラスを使用することまで自身のブログで擁護する姿勢に、あなたは何を感じるだろうか? マン島TTが好きだというだけの人間が、ジャーナリストの立場でなぜここまで石原を擁護するのだろうか?


【小林ゆきのブログより】
ガラパゴス諸島でのクルージングは、石原都知事が公約している、伊豆諸島など東京都諸島部の観光振興のための視察・調査である。マン島での会見で都知事は「東京のこんな近くにも美しい素晴しい場所があるというのに、日本人はすぐ海外旅行をしたがる。三宅島噴火による観光客の減少もあり、東京都にとって島嶼部の観光振興は大事」というような発言があった。そのような島嶼部の観光施策をどのように行なえばよいのか、グリーンツーリズムの先進例を現場で体感してきた、ということではないだろうか。



【2006年11月17日(金)「しんぶん赤旗」より】
ガラパゴス視察は、典型的観光旅行にすぎない
 01年6月のガラパゴスへの10泊11日の視察は、公式には「エコ・ツーリズム」などの視察が「目的」とされましたが、典型的なツアー観光旅行コースを楽しんだにすぎないといっても過言ではありません。この視察で石原知事は、エクアドル政府主催の昼食会や日本大使主催の夕食会などに出たほかは、38万円かけて小型クルーザーを1日借り切ってのクルージングを楽しみ、206万円かけてホテル並みの施設を備えた大型クルーザーで、4日間のクルージングと諸島見物をおこなったのです。大型クルーザーで知事が宿泊したバルコニー付き最高級の部屋の料金は、52万4000円。特別秘書2人の部屋代も87万2000円もかかりました。

 エコツーリズムについていえば、環境局は、以前から国内外の調査・検討をおこなってきたものです。この出張についての報告書を読んでも、この域を出ておらず、わざわざ莫大な費用をかけて知事が行く必要があったとは到底いえません。なにしろ、知事自身、「(都議選の応援が)面倒くさいからガラパゴスに行っていた」(「朝日」05年2月4日付)と告白しているのです。



【小林ゆきのブログより】
現場を見ずして理解できることがあるのかどうか。一概に批判ばかりすればいいというものでもないと思う。


 12兆円の借金を抱える都の予算から2億4400万円以上の外遊の費用を捻出することに対して、「批判するな」とのことだが、火星人が攻めてくると誰かが言いだせば、その内火星にでも公費を使って“現場を見に”行きそうな勢いである。


【小林ゆきのブログより】
安くて安全に要人を泊められるホテルなどあるのだろうか?



【2006年11月16日(木)「しんぶん赤旗」より】
 就任後の海外出張19回のうち資料が入手できた15回の海外出張の総経費は2億4400万円、1回あたり1600万円にのぼります。招待による相手側の一部負担があった4回を除けば、1回あたり約2000万円の税金を使った計算です。最高額の経費は今年5―6月のロンドン、マン島への出張で、3574万円も支出しました。

【2006年11月17日(金)「しんぶん赤旗」より】
 近県の知事の海外出張と比べても、けたが違います。たとえば、神奈川、千葉、埼玉の知事の海外出張では、随員分などを含めて1回あたり、200万円余から800万円程度です。神奈川県知事が2004年にドイツ、イギリス、フランスに出張したときの費用は、335万円です。


 “安くて安全に要人を泊められるホテル”は、神奈川県知事の行き先にはあったようだ。

石原慎太郎海外豪華浪費旅行

 さて、↑のサイトでは、石原慎太郎の豪華な浪費について詳しく分析しているが、良識というか常識のある人であれば、明らかに石原慎太郎の行動は怪しいと考えるだろうし、本来はマン島に首ったけというだけの小林ゆきの石原擁護は、“現場で一緒だったので情が移った”というレベルを超越した、何か異常な執着にも感じられることだろう。


【小林ゆきのブログより】
全ては「東京都」のための視察のはず。マニュフェストは個人的関心が出発点ではないのか。そしてその都知事を選んだのは東京都民ではないのか。


 残念ながら、全ては石原慎太郎の気まぐれか、あるいは利権の為の視察と言っていいだろう。なぜならば、石原慎太郎が様々なビッグプロジェクトを立ち上げ、その予算を通してしまえば潤う人達が実際に存在するからである。もちろん、漂白された、骨抜きの、おとといきやがれ方式のMFJもその1つであり、マン島の外遊に付き合ったMFJ会長を含め、MFJの上層部は、低迷するロードレース界にあって、石原慎太郎が東京都の予算を使ってくれるのであれば、それは千歳一隅のチャンスと考えたのだろう。

 私が思うに、人の上に立つ人間は、弱者や貧者に対して思いやりのある救済を行う善政を施すべきであると考えているが、残念ながら石原都知事は庁舎へは週に2〜3日しか出勤せず、他は執筆活動に費やし、知事としての仕事の大半は部下に任せている。しかし、もし本当に石原慎太郎が東京都民の生活を重視するヒューマニズムに溢れた知事であれば、医療や福祉の現場や、貧困者の自立支援に関してもっと視察するべきであると私は思う。
 また、東京以外に住む人達は、そうは言っても、石原慎太郎を選んだのは都民なのだから、仮にリーダーが弱者を切り捨て利権に走ったとしても、それは東京都民の民意であり、都民が悪政をなげいたとしても、それは東京都民の民度が低いからだというお叱りを受けることも多い。彼女もその1人なのだろう。しかし、この点に関しても、石原慎太郎は都民の約20%にあたる281万人の票により東京都知事になった訳だが、281万の票のバックボーンには、石原が深く関わる宗教団体の組織票が大きく貢献している。また、そうは言っても、それを上回る人が選挙に行けば良い訳だが、残念ながら我が国の選挙の投票率は知事選に関わらず全体的に非常に低い。また、石原慎太郎を含め、与党側やメディアを裏で操る巨大なマネーが暗躍し、大衆を愚民化し、民度を下げることに対して精力的に活動している“影の権力”が存在することも問題である。否、これこそが当サイトが最も強く訴えたい大問題である。
 つまり、石原慎太郎を選んだ結果、都民が悪政に苦しめられても、それは自己責任だと彼女は言いたいのかもしれないが、そうとも言えない側面も多い。それは、より良い政治家を選ぶ為の正確な情報を伝えなければならないメディアが、アメリカの都合の良い情報を流す為の機関になっているからで、こうした機関が垂れ流す偏向報道の中で、B層有権者が間違った判断を下す可能性は極めて高く、また、こうしたB層の間違った判断を助長しているのが、皮肉なことに小林ゆき自身だということに、本人は気付いていないようなのだが、少し考えれば誰でもウスウス感じる社会の暗部を直視せず、自分達の都合の良い法案が通った際だけは、「それは民意だ」としてしまう2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきの“もの言い”は、わざわざ私が語らずとも、これを読む多くの読者には詭弁と感じることだろう。


三宅島オートバイレースにバイク関係者が反対するのは、きれいごとではないですか

【小林ゆきのブログより】
ZAKZAKの報道(続報)では「殺人レース」という言葉を使っていたけれど、宮城さんや難波さんご本人、本田技研工業が本当にそういう言葉を使って言ったのか、言わなかったのか。言わせておいていいのか。

 私自身も、「殺人レース」という表現は適当ではないと考え、現在では、公道レースのことは、「ライダーイケニエ殺人レース」と紹介するようにしている。なぜならば、「殺人レース」では、なぜ殺人なのか素人にはよく分からないからである。
 つまりこうだ、マン島TTレースは、ライダーが毎年死んでも、何の反省もなく100年間も同じ事を繰り返してきた訳だが、つまりマン島とは、ライダーをイケニエにしてこの観光事業を継続しているという、非人道的な最悪な島だということである。(その証拠に、マン島では過去に事故が起きたセクションが人気の観戦スポットになっている)そして、こんな最悪な島の悪しき文化を我が国に輸入しようという人間がいるとすれば、その人間には悪魔という形容を与えることこそが相応しいだろう。

石原慎太郎のバイク小説『飛べ、狼』

 しかし、↑のエントリとなってくると、もうほとんどアイドルの追っかけというレベルのおめでたさが爆発して、ある意味ギャグとして面白い読み物になっている。(爆)


【小林ゆきのブログより】
以下に、バイクの、ライダーの本質に迫る石原慎太郎の言葉を引用してみる。

「二輪のレースに乗る時、僕あ、いつも何てかな、今日死ぬと言うことも確かにある筈なんだ、と思います。いつもそう思って乗るな。多分、みんなそうでしょうがね」

(中略)

この小説からはっきりわかるのは、〈石原慎太郎はオートバイを知っている〉ということだ。


 どうやら彼女は、“石原慎太郎はオートバイを知っている”ので、石原の提灯を持つ覚悟を決めたようだ。(核爆)

 もうほとんどあきれてモノが言えないという読者も多いと思うし、こんなことまで引用して2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきについて説明する私に対しても、御苦労なことだと考えている読者も多いことだろう。ホントはバカらしいよ俺も。(核爆U)
 しかし、rider2.0の言葉を借りるまでもなく、こんなジャーナリストしか我が国の2輪業界にはいないのである。さすが、“やまへん”こと山崎編集長(そういうバカげた編集長が過去にいたのである)や、小野かつじ(そういうバカげたジャーナリストが過去にいたのである)がいたネコ・パブリッシング(そういうバカげた編集部が今でもあるのである)で育ったジャーナリストだけあるが、皆さんも、いかにこの業界がクソなのかがよく分かったことだろう。そして、更に言わせてもらえれば、2輪業界がクソだと言うのに、それにたかるハエと言える雑誌屋の連中の悪行もひどいものがあり、双方は歩を揃えて自滅に向かって突き進んでいる。そして、漂白された、骨抜きの、おとといきやがれ方式のMFJと、2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきは、共に自分達の食いぶちの確保の為に、信じられないことに、弱者切り捨ての悪名高き石原慎太郎の提灯を持つ覚悟を決め、“悪銭身に付かず”という言葉を無視して、今度は三宅島に投入される税金にむらがった訳だが、これはもう、2輪業界における末期症状であると、これを読む多くの賢明な読者は理解していることだろう。

 どうだい? この業界がいかにどうしようもない程どうしようもないか良く分かっただろう、分かったらとっととバイクなんて降りて、別の世界に逃げた方が身の為であると強く訴えたい。また、バカげた2輪ジャーナリスト共に“たかられて”損したというカスタムショップのオーナーは、是非、勇気を出してその真実を告発して頂きたいとも思う。(相談に乗っても良いです)

貧困なる精神(121)    本多勝一
(小林ゆきとは違い、石原慎太郎を文学を含めてすべて批判している)

★方向性の相違
 私も小林ゆきも同い年だが、私自身は、ケバケバしくハデな感じがしたスーパーカーブームの頃にマテリアルボーイとして目覚め、その後はWRC、F-1、WGP(現在のmotoGP)と、モータースポーツに惚れ込んで、自らがバイクに乗り、サーキットにも出入りするようになった。しかし、私自身としては、モータースポーツとは、人種や言語の違いを超えて、たかだかクルマやバイクの競争で人々が陽気になってお祭り騒ぎするということが大好きだったことが、この世界に惹き付けられた主な要因だったのだが、実際にその世界を垣間見ると、中身はほとんどクソといった欺瞞に満ち満ちた世界でしかなかった。小林ゆきは、それでもこの業界で生き残るべく、女を武器に立ち回ったようだが、その過程で、マン島の人達や、漂白された、骨抜きの、おとといきやがれ方式のMFJとの人間関係を通じて、この世界を全肯定し、バイク性善説に突っ走ってしまったのかもしれない。


(MFJが発行する『ライディング』の表紙を飾る小林ゆき)

MFJ会長と握手する小林ゆき

 ところで、2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきが首ったけのマン島は、イギリスの左側に位置する島だが、市場原理主義やネオリベラリズム(新自由主義)の象徴とも言えるこの島に対して、私自身は、競争賛美や市場原理主義に対する強い忌避感から、イギリスに対して右側に位置する、デンマークという福祉国家に魅せられることになった。つまり、小林ゆきとは真逆の方向性である。

 私は現在、もう競争社会にはコリゴリしているし、高給取りの人達が150万円くらいのバイクにおめでたい調子で5〜6万円もするタイヤをホイホイ付け替えている一方、同じ国で、生活保護を打ち切られて餓死する人が出ているのは異常だと考えるに至っている。
 また、このまま自由気ままなコンシューマリズム(消費至上主義)を推進すれば、人類全員が『負け組』になってしまうことが、ウスウスというよりかは、すでにハッキリとしてきているというのに、おめでたい調子でバイクにうつつを抜かす気分には到底なれないでいる。否、むしろこれまで犯した自らの悪行に対して罪滅ぼしをするべく、何らかの行動を起こしたいと考えている。

 これを読む皆さんが、今後の自分の人生をどのように選択するのか、私には知る由もないが、私自身は、今後の人類は、当時のイギリスの支配層が生み出した産業革命以降、たかだか200年でメチャメチャにしてしまったこの地球上の人類の生存環境を改善する為には、競争賛美の欺瞞性に気付き、“競争社会”から、“共生社会”に早急に移行すべきだと考えている。えっ? 何々? 表現が甘いって? ではもう少し正確に、私は今後の人類は、“恐怖心と殺し合い”の社会から、“信頼と助け合い”の社会に移行するべきだと考えている。
 また、その上で、これまで得た楽しみのひとつである、バイクやモーターサイクルスポーツを手放すことが苦痛だったとしても、これはもう、人類全員が生きていく為に当然支払うべき会費なのだと、いさぎよくあきらめるべきだと皆さんに助言したいと思う。(私自身はバイクやモーターサイクルスポーツに関わっている方が苦痛で、それを手放した現在の方が爽快な気分であるが)

 しかし、私は何も、突然市民の財産を没収して共産化しろと言っている訳でもなく、音楽を聞いたり踊りに行ったりと言った、ある種の“ゆるい”部分も人間には必要だと思っている。その為の社会民主主義であり、独裁者が突然統治するような共産主義国にして、全ての幸せまで奪ってしまうのは、それはそれで不幸だと感じている。

 しかし、人生にとって意味があり楽しい行動とは、何もエンジンに点火することだけでなく、もっと環境的にも美徳なものも多い。そしてそれは、死を目前にした末期患者が残された時間でやりたいと思うことにも似ている。それは例えて言うのなら、友人との会話や家族や隣人との団らん、観劇、音楽、文学、芸術の追求、自然の鑑賞と言ったものであり、こうしたものは、環境に強いインパクトを与えることなく、末代に渡って時の試練に耐えうるものと言えるだろう。

 という訳で、今回は“前ふり”として、“恐怖心と殺し合い”の象徴たるマン島TTの欺瞞性について語ったが、次回はいよいよ、イギリスをはさんでマン島の反対側に位置する、“信頼と助け合い”の象徴たるデンマークについて語ってみたいと思う。


デンマークに首ったけ(1)


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