Erv's Letters index Text by Erv Yamaguchi


期日前投票完了
2009年8月26日 17:26

 社長の道楽っつうか、見栄とメンツだけで8耐なんか出て社員のボーナスカットなんかしてんじゃねーよ!

 と、反資本主義者らしく労働者の肩を持つ私は、明日自分が死んで私の票が死票にならないよう、本日は期日前投票に行ってきた。

 そう、現在世の中は資本主義社会だが、資本主義社会とは、労働をコストとしか考えない社会のことである。

 そして、多くの国が資本主義を採用した結果、貧しい第三世界だけでなく、先進国においても失業率が上昇したり、非正規雇用者の人数が増加したりしたが、資本は労働力のコストを引き下げるたけで、貧困の責任は取ろうとしない。

 つまり資本主義は、その支配者達が宣伝するほど自由でもないし豊かでもない。

 それどころか、資本の為の労働という限定的な人間の活動にのみ生存に必要な所得を得るというシステムに依存する社会の限界は、世界中の至る所で貧困という形の資本主義の最大の矛盾を生んでいる。

 そこで登場するのが“反資本主義”だが、これを読む人を含めて、多くの人がこんなイデオロギーに対してはピンとこないばかりか、多くの人は、現状の社会のシステムを改良・改革することで進歩していくことに対してリアリティーを持っていて、現在のシステムを根本的に否定するような何十年も何百年もかかる社会システムの構築になど関心を示さないし、むしろ過激な思想として忌避感すら感じてしまうことだろう。

 しかし、歴史に対する無心の探索を行ってみると、こうした素朴な感情を多くの人が持っているというのは、ここ20年程度の話で、20年以上前であれば、資本主義がもたらす矛盾や抑圧からの解放を人々が求めた場合、そこには必ず反資本主義があった。

 特に、社会主義を標榜した政権が続々と登場した1960年代から1970年代においては、常に資本主義か社会主義かという体制選択が必須の課題となっていて、朝鮮戦争もベトナム戦争も、資本主義か社会主義かを選択する為の戦争だった。

 しかし、こうした武力闘争による体制転換の可能性は、その後次第になりをしずめ、最近は“選挙”という方法によって転換を可能にするという現実味が高くなってきた。

 また、過去の日本においては、50年代には学生や若者などが、既成の左翼政党に対して激しく反対し、60年代にはヨーロッパやアジアなどでも既成左翼に対する厳しい批判から、全く新しいタイプの左翼の主張が登場し始めた。

 そしてその後、特に新しいタイプの左翼の批判のターゲットとなったのが、ネオリベラリズム(新自由主義)という訳だが、このネオリベラリズム(新自由主義)の起源は、80年代のレーガン(そのディズニーチックな国家観は怪しい限りだったが、共産主義をぶっ潰すことに対して天才的な才能を発揮した)・サッチャー(親達から給食費を喝上げした)・中曽根(レーガンの“使いっぱしり”を務めた)にまでさかのぼることができる。

 そして、この3人の主張が大きく取り上げられた理由は、80年代にソ連などの東欧の社会主義が崩壊したことに原因があり、資本主義が全世界的に強引に推し進められ、社会主義はすでに失敗した過去のものであるかのような風潮がはびこると同時に、社会主義よりも資本主義の方が優れたものであることを歴史が証明したという主張が世の中を支配した為である。

 こうして、例えばイタリア共産党が、党名を左翼民主党に改名したりなどすることで、資本主義以外のシステムの構築を考える遺伝子が次々に排除されていった。

 そして、これを好機と見た新自由主義者達は、シカゴ・ボーイズというエージェントを使い、全世界にネオリベラリズム(新自由主義)を撒き散らしていく訳だが、新自由主義の考え方とは、経済活動を極力民間に任せるという考え方なので、その一方で、民間では到底成し得ない、軍事や安全保障という分野に関しては、逆に政府が大きな役割を担うことになり、その結果、ネオリベラリズム(新自由主義)が注入された国々では、軍事や安全保障へ政府機能を大きくシフトすることになり、ブッシュ親子は湾岸戦争やイラク戦争を起こし、小泉(元)総理は自衛隊をイラクに派遣したりした。

 もちろん、ネオリベラリズム(新自由主義)が全世界に撒き散らされる以前から、人類は軍事力によって他国を支配しようとした例は枚挙に暇がないのだが、グローバリズム的な現代社会では、全世界から部品を集めて製品を作るという、超国家的な体制で生産が多国籍化されているので、どこかの国の生産がダウンするだけで、全世界的な影響を受けることに対して懸念し、資本の多国籍化は、グローバルな市場の安定化を求めようと、より軍事力に頼ろうとする傾向がある。

 そして、日本においても、経団連などの財界が憲法九条を改憲しようと政治家に働きかけ、軍事の強化を図ろうとする理由がここにある。

 しかし、多くの一般庶民は、こうした構造を理解していないので、反戦平和運動を行っている人達ですら、ネオリベラリズム(新自由主義)が国の軍事化をもたらしているという現状の意味を分かっていないケースが多い。

 しかし、反資本主義の運動と反戦平和の運動は、分業せずに一体となって活動すべきだというのが、新しい左翼的なアプローチであり、私はそうした活動が現在必要だと考えている。

 おっとやべー、電話がかかってきて飲みに誘われたので、今日はこの辺で。




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