Erv's Letters index | Text by Erv Yamaguchi |
謝罪 |
2009年5月7日 11:59 |
ストーナー、恐れるに足らず!(チヒロさんのエントリ) ↑のチヒロさんのエントリにて私は、「別に抜いたり抜かれたりがないレースでも飽きずに見られるようになるよ:笑」というお叱りを受けてしまったが、私は、「バイク全肯定。バイク性善説。ただそれだけ。自省と反省はゼロ。まったくご苦労さま」(チヒロ氏評)な小林ゆきと違い、自らの愚行を自省し、素直に謝罪ができる人間なので、motoGPはクソなどと言ってmotoGPを冒涜してしまったことに対し、ここに謝罪するとしよう。 チヒロさん、ごめんねごめんねー!(爆) という訳で、謝罪のすぐ後で言うのも何だが、自己肯定は人間の常とばかり自己弁護すると、motoGPがまだWGPという呼称で、最高峰クラスが2スト500の時代の頃は、ドゥーハンのマシンのエンジンの搭載位置が、同じマシンを駆るガードナーよりも1cm以上も高かったと言ったエピソードに対して、私は心底ワクワクしていた事があった。 また、当時の私は、シングルレースに参戦する人達を集めてチームも作っていたのだが、各ライダーのマシンは全て ちなみに、当時の私のマシンのセッティングの進め方は至ってシンプルで、まずはライダーに好みのGPライダーを決めてもらうことをスタートとしていた。そう、ライダーというのは、大抵は自分が好きなライダーと同じ走りをしたいと願うものなので、好きなGPライダーと似たセッティングにしてやると、そのライダーのタイムが良く伸びるという信念を私は抱いていたからである。 そして、私のチームの代表的なライダーは、ルカ・カダローラが大好きな井上君と、ワイン・ガードナーが大好きな森川ちゃんと、ケビン・シュワンツが大好きな変態、いや失礼、私がいたのだが、当然、私はそれぞれのライダーの好みに合わせて、マシンの重心やサスセッティングを変えていた。 ★レーシングショップの欺瞞 かつての空前のロードレースブームの時代、SPで頭を取っているようなショップに世話になると、そのショップは、店で1番速いライダーのセッティングを全てのチーム員に施し、タイムが出ないと、エースライダーはタイムが出ているのだから、そのセッティングでタイムが出ないのはライダーのせいだと言って、何が何でも速いライダーにセッティングを合わせようとすることも多かった。 しかし、私はそうしたレーシングショップの根性論的な欺瞞性はバカげていると考え、全く違うライディングスタイルのライダーをチャンピオンにしてしまう、アーブ金本とジェリー・バージェスを尊敬していた。否、今でも尊敬している。(だってHNだってパクってるだろ!w) それが為、私はマシンのセッティングやライディングスタイルを頭ごなしに1つのものに固定化しようとするレーシングスクールやライテク本が大嫌いで、そうしたものに救いを求め、自分の頭でモノを考えることを放棄したボンクラライダーも同時に嫌っている。 ところが、そんな私の想いとは裏原宿に、どうも私は、インターネット上にて、例の『前のりティリポート』で下手に有名になってしまったので、鼻っから他人のイメージを固定化した上で文章を斜め読みする人達からは、私はあたかもシートの前に座ることが全てだと語るカタブツ扱いされていることもあるようなのだが、リテラシー(読解力)のある方であれば、私はそんなことは全く言っておらず、むしろ、バイクというものは、ライダーに合わせてセッティングすべきだと考えていることを理解してくれていることだろう。 そう、例えば重心1つ取ってみても、4輪であれば、乗るドライバーには一切関係なく、とにかく出来る限り軽い車体をつくり、レギュレーションの最低重量を満たす為のウエイトをシャーシ下面に張り付けるのが理想だが、コーナーリング中に内側の車輪がない2輪は、遠心力と引力によってタイヤにかかる荷重は、重心がどこに有っても変わらない為、理論的に確立した理想の重心の位置というものがなく、1番良いのは、結局のところライダーのライディングスタイルに合わせるという抽象論になってしまう。 まー、一般論としては、安定志向の高いライダーは低い重心位置を好み、運動性が高いバイクを好むライダーは高い重心を好むのだが、昔のWGP時代は、ライディングスタイルがかなり明白に違うライダーが沢山いたので、チーム員に対しても、まずは好きなライダーを決めてもらうというのは、我ながらなかなか良い方法だと自負していた。 しかし、昨今のmotoGPでは、あまり極端にライダーのライディングスタイルの違いが感じられなくなってしまったので、マニアックに分析してもいいのだが、昔のような情熱を傾けられなくなってしまったというのが、今の私の現状である。 ★本当のキッカケ 上記は全部インターネット向けのウソである。(爆) 私がロードレース、否、バイクというものの欺瞞性に対してシニシズム(物事を冷笑的に見る態度:虚無主義)を持って見つめるようになってしまったのは、恐らくそのキッカケとなった昨年が厄年だったからだと思う。(そこかよ!w) コエー、厄年マジコエー。 そう、私は2年前であれば、筋金入りの拝金主義者で、とにかく他人を蹴落として這い上がるという市場原理主義の象徴とも言えるロードレースに対しても強いシンパシーを感じていたが、前厄から昨年の本厄にかけては、市場原理主義の欺瞞性に対して強い嫌悪感や忌避感を感じるようになり、更に、格差問題や世の中の不景気に対して独学するにつれ、ミルトン・フリードマンをはじめとするシカゴ学派が撒き散らした、ネオリベラリズム(新自由主義)というイデオロギーの存在を知り、それと同時にアメリカの共和党チックなネオコンサバティブ(新保守主義)に対しても、元々の絶対平和主義者として強い嫌悪感を抱き始め、ネオリベラリズム(新自由主義)とネオコンサバティブ(新保守主義)の双方を併せ持つ、ブッシュ時代の共和党のような日本の自民党に対しても強い嫌悪感を持っていたところで、2輪業界保守論壇ホステスの小林ゆきがネオコンネオリベの象徴とも言える石原を持ち上げた提灯記事を書いていることを知り、小林ゆきを通じてもバイクというものに対して強い嫌悪感を持つようになってしまった。つまり昨年は、小林ゆきに呪われた1年だったと言える。(核爆) しかし、である。私のお婆ちゃんが言うには、厄には悪いものだけでなく、良いものもあると言う。“災い転じて福となす”という意味なのだろうか? そこまで私のお婆ちゃんは説明してくれなかったが、昨年は、小林ゆきの欺瞞性を暴くことで、motoGPを真剣に愛すチヒロさんのブログに出会っただけでなく、それこそ私がサーキットを走るキッカケとなった、憧れというか、ほとんど神に近い存在の宮城光氏と実際に会ってお食事できる機会にも恵まれた。 そう、厄年だった昨年は、皮肉なことに、バイクそのものに対する嫌悪感を高めたことで、自分自身のバイクに対する想いの原点にも出会う体験が出来たのだ。 そして今年に入ってからは、まだ後厄ではあるものの、もう私はそれ程厄年を気にしなくなってきた。そして、じょじょにではあるが、人間回復ならぬ、バイク好き回復しつつある。 しかし、まだまだ回復の途上であり、これからも、元々の |
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