Erv's Letters index | Text by Erv Yamaguchi |
帝国軍vs反乱軍 |
2009年5月16日 11:57 |
ホンダとヨシムラの伝統的な確執、いや失礼、戦いに対して、私がSW(スター・ウォーズ)教の信者ということもあるが、私と同様に、SWに出てくる帝国軍と反乱軍の戦いとイメージがダブる方もいるかもしれない。 そう、ホンダ、あるいはキットパーツを販売して生計を立てているHRCは、冷酷でチリ1つないイメージがあるのに対し、ヨシムラは、指紋のシワ1本1本にまで油が染み込んでいる泥臭さ、というか、文字通りの油臭さと、メカニックの根性論的な美学が感じられる。 そんなホンダとヨシムラが、最近またひともんちゃくあったようだが、簡単に説明すると、交換が認められているカムシャフトにおいて、ホンダの息がかかっているMFJの書いた、「材質は公認時と同じにしろ」というあいまいなレギュレーションの記述を ことの成り行きを見つめている過程では、“材質”を、“金属”に拡大解釈するのではないかとも思われたが(笑)、MFJは、“金属”にまでは広げず、カムシャフトは“鉄”であれば何でも良いということになった。 ホンダファンかヨシムラファンかに関わらず、この一件に関して、皆さんも感情論を抜きにしても色々と想うことはあるかと思われるが、ここでは、この一件で思いだした、私の経験談を語ろう。 ★チタンボルト 私は10代から30代にかけて、様々な町工場で働いていたが、どの工場も、社員が数名という小さな町工場で、下請けの下請け的な工場ばかりだった。 その中の1つで、他の工場と差別化をはかって仕事を取るという意味で、削り出すのが難しい、文字通りの難削材ばかりを扱う工場があったのだが、仕事の80%以上が、通常の工場ではいやがられるステンレスで、残りの仕事も、ステンレスより更に削るのが大変な、インコネルやハステロイCという、ジェット機の噴射の部分に使われるような耐熱合金などだった。 そんな工場で働いている時、小さな工場ではありがちなノリで、今流して作ってるものの工程をとめて、とにかく急ぎで作ってくれという仕事もよく入ってくるのであるが、ある時、チタンボルトの、ネジの部分はすでに旋盤屋が作っているもので、頭の六角の部分を単にマシニングで削り出してくれという仕事が入ってきた。仕事的には、ただ六角形に削り出すだけなので朝飯前だが、なんでワザワザ今の仕事を止めるほどの価値があるのか不思議に思い、私はバカ息子、いや失礼、上司で社長の御子息の専務に訪ねたところ、どうやらこの仕事は、某大手自動車メーカーが、何かのレースで使用する車両用のチタンボルトだったようで、チタンなど、実際に削れば、特に6AL-4Vなどサクサク削れて全然大したことないのだが、一般的にチタンは難削材ということになっているせいか、チタンと聞いただけで断る工場も多く、数が少ないし超特急ということで、恐らく他の工場で断られまくった仕事だったのだと思うが、それで、“めんどくさいもの係”の私の元にやってきた仕事だったようだ。(別の理由としては、バカ息子が他の仕事のバーターで持ってきた仕事の可能性もあるw) ちなみに、このストーリーにはまだ続きがあって、このチタンボルトは、この後、一見すると通常のボルトと見分けがつかなくなるような特殊なコーティングを施すそうで、ボルトにチタンを使用してはいけないというレギュレーションを“インチキして”クリアする為のボルトだったのだが、悪に加担していようが、私はしがない雇われの職人なので、図面を渡されて削るしかなかった。 ちなみに、通常なら、自分達の直系の下請けに作らせればいいのに、このメーカーは何でまた私の働くような大田区の町工場に作らせたのか、これは私が大好きな陰謀論的な予想だが、某大手自動車メーカーは、こうしたインチキ行為において、内部告発すら恐れたのかもしれない。(私が話を面白おかしくしているだけで、本当の所は、単に急いでいたからだろう) また、この某大手自動車メーカーは、その後、別のレギュレーション違反が発覚したことで、参戦しているレース界から追放されたが、大きなメーカーを追放すれば、むしろそのレースの人気にも影響があるというのに、追放とは随分と厳しい処置だし、主催者側の人種差別主義すら匂わせると感じたこのレースのファンも当時多かったとは思うが、主催者側は、表には出さないだけで、このメーカーの悪質さに対して、他にも色々とつかんでいたのかもしれない。(少なくとも私はつかんでいたw) とまー、大きなメーカーほど、インチキをやりがちだが、そのターゲットになりがちなのが、見かけで区別がつきにくいマテリアル、つまり“材質”のようだ。 もの凄い大昔であれば、例えば、丸パイプのスイングアームの、パイプを真っ二つに割って、中に平板を溶接して、再度丸パイプの形に戻して強度を上げるといった微笑ましいインチキもあったようだが、カムというのは、エンジンの部品の中でも、かなり重要な部分なだけに、MFJのあいまいな記述が今回は問題になった。 しかし、トップグループについていけるレベルで戦っているプライベートライダーなら誰でも知っているように、“改造範囲を狭くした”、“プライベートライダーの為のレース”程、メーカーのインチキの温床になりやすく、今回のカムの一件も、SBKのルールと違い、コスト削減が趣旨であるJSBにおいては、コストが上がるムク材を使用することは、倫理的には許さない方が良いというのが、多くの人の感情論だと思われるが、そんなことは歯牙にもかけない、“強い者が勝つ”という、徹頭徹尾市場原理主義チックなメーカーの格好の標的となったカムの材質の解釈が、今回の騒動の発端となった。 ★サーキット野郎にスズキが好まれるワケ という訳で、マシンを購入するに当たって、JSBすら参考にならず、STK1000が好きだというきたりんの意見は、多くのサーキット野郎の気持ちを代弁している。 一般的に、ホンダ車というのは、ノーマルだと遅く、HRCのキットパーツを全部組めば速くなるが、そのキットパーツが異常に高価なものの、“アタマ”を取る為だと仕方なくホンダ車をセレクトするハメになる。しかし、“あたま”を取るレベルではないライダーにとっては、お世辞で不経済というのがホンダ車の特徴である。 それに対して、ノーマルで最初っから速いのがスズキ車で、“そこそこ”速く走るのなら、スズキ車は経済的だとされている。 そして、“そこそこ”速いマシンで“あたま”を取ってしまうライダーには、もちろん変態が多くなる。 また、ヤマハはホンダとスズキの中間的なイメージで、金がかかるのに金をかけても“あたま”は取れないのでカワサキは論外というのがサーキットでの常識だ。(もっと論外なのが外車だが) そんなこんなで、いつも変態変態と愛を込めて評してはいるが、サーキットにおいては、実は質実剛健という言葉が1番似合うのがスズキ車で、スズキ車は、全てにおいて角が取れているホンダと違い、角材切りっ放しライクな粗雑な作りも、サーキット野郎にとってはご愛嬌とされている。 ★ダブルスタンダード いつものように話が脱線して申し訳ないが、話を今回の騒動に戻すと、MFJがホンダ寄りの結論を出したことで、今後のヨシムラや他のチームは、ホンダ同様、大手を振るってムク材からガンガンカムを削り出すことになる訳だが、それによるコスト増により、プライベートチームの参戦が減ったり、あるいは、トップチームと下位チームとの差が益々広がってレースが退屈なものになったりすることで、これまで以上にロードレースが盛り下がれば、その時になってMFJは“身から出た錆”に苦しめられることだろう。つまり、漂白された、骨抜きの、おとといきやがれ方式のMFJは、今回の決着で自らの傷口に塩を塗り込んだ。 しかし、こうした優等生的な発言をせず、ただの傍観者を気取らせてもらえれば、今回のホンダとヨシムラの騒動は、メカオタクにとっては楽しい出来事だったとも言える。 以前にも記述した通り、私はレギュレーションのスキをつくことで他人を出し抜く、コーリン・チャップマンを尊敬していたので、今回ホンダが行ったこうしたレギュレーションギリギリのアプローチに対しても、それはそれでコンストラクターのあるべき姿だという考えも持っている。 もちろん、解釈論にハッキリ肩をつける為のヨシムラの抗議は正当なものだと言えるし、こうした抗議を繰り返すことで、主催者側もコンストラクター側も健全な成長が期待できるので、今回の騒動で魔女狩りするのはナンセンスだと私は思う。 なぜならば、ロードレースは“戦争のようなもの”ではなく、“戦争そのもの”なのだから。 ★参考 ヨシムラの抗議内容(PDF) JSB1000技術仕様 カムシャフトに関する解釈について(MFJの見解:PDF) |
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